自己の幾度かの体験と僅かな知識や数人の医師や失った幾人かの近親者の話から聞いた話を総合すると、死とは結局のところ、
「遠ざかること」
だと今は考えている。
死が近づくと肉体的には遠ざかる感覚がある。
感覚が無くなると言えばいい。麻痺とは違う。
最初は信じられなかったが、これは実際に体験するとそうだ。
何故かと考えてみると極めて理論的で、
主に肝臓だが、臓器が機能低下し解毒しきないと体内に毒が周る。
腐っている部位というのは傷まないが、その周辺は激しく痛むものだ。
つまり痛いということは生きている証であり、
激しく痛いということは生と死の狭間の最前線である。
生きているからこそ痛いのであり、
生きているからこそ苦しいのである。
これを何度か繰り返し繰り返し体験すると、
不思議なもので恐怖心は薄らいでいく。
体感的に死というものを実感するからだろう。
「あー痛い、
 痛いな、
 よし生きている、
 大丈夫だ、
 俺は今激しく生きている」
と実感する。
実際に境界を踏み越えていくと(あくまで感覚的なものだが
痛みは遠ざかり、
意識は遠ざかり、
記憶も遠ざかり、
死に近づいていく。
亡くなる前のその人というのはほとんどの場合、
意識や記憶が混濁し認識できなくなるようだ。

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